押し入れのギター、弦を張り替えれば売れる?査定前メンテの基本

押し入れの奥から、何年ぶりかにギターケースを引っ張り出す。開けてみたら、弦が茶色く錆びていて、ボディにはうっすら白い粉のようなものが浮いている。あの瞬間の、ちょっと申し訳ないような気持ち。よく分かります。

こんにちは、音羽かなでです。音楽教室でピアノ講師を12年しておりました。その間、生徒さんが辞めていくたびに「先生、この楽器どうしたらいいですか」という相談を、数えきれないほど受けてきました。ギターの相談も、実はとても多かったのです。お父さんが昔弾いていたもの、お子さんが高校の軽音部で使っていたもの。押し入れで眠っている理由は、ご家庭ごとに違います。

さて、この記事のタイトルにある「弦を張り替えれば売れる?」という問い。ネットで調べると「張り替えたほうが高く売れます」と書いてある記事もあれば、「弦は消耗品なので替えなくていい」と書いてある記事もあって、混乱された方も多いと思います。

結論を先にお伝えします。この2つは別々の話として整理すると、すっきりします。そして査定前には、やっていいことより「やってはいけないこと」を知っておくほうが、はるかに大事です。良かれと思ってやった手入れで、楽器の価値を削ってしまう例を、私は工房の取材で何度も見てきました。

順番にお話ししていきますね。

結論から。「弦を張り替える」より「弦が張ってある」ほうが大事です

まず、混乱の原因を解いておきます。世の中の記事が答えているのは、実は次の2つの違う問いなのです。

  • 問い①:弦が1本もない状態で出すのか、張った状態で出すのか
  • 問い②:張ってある古い弦を、新品に交換してから出すのか

この2つ、答えがまったく違います。

弦が1本もない状態は、はっきり不利です

問い①については、迷う必要がありません。弦は張っておいてください。

理由はシンプルで、弦がないと音が出せないからです。査定する側は、弦を張って音を鳴らし、ネックの状態や鳴り方を確かめます。エレキギターなら、アンプにつないでピックアップやジャックに問題がないかを見ます。弦がなければ、この確認が一切できません。

確認できないものは、査定する側にとって「良い状態かもしれないし、致命的な問題があるかもしれないもの」です。当然、安全側に倒した評価になります。押し入れから出したときに弦が切れていたなら、ここは張っておく価値があります。

このとき、高い弦を買う必要はまったくありません。数百円のもので十分です。目的は「音が出る状態にすること」であって、良い音を聞かせることではないので。

では、古い弦を新品に替えるべきでしょうか

問い②が、本題です。

ここは正直にお伝えします。替えなくても、大きくは変わりません。

弦は消耗品です。買い取った楽器を店頭に並べるとき、お店はどのみち自分たちで新しい弦に張り替えます。だから「新品の弦が張ってあること」そのものに、査定上の値打ちはほとんどありません。この点は、買取の実務をしている側の記事ほど、はっきりと「影響しない」と書いています。

ただし、例外が2つあります。

ひとつは、弦が錆びて黒ずんでいる場合。錆びた弦は、指板やフレットに錆を移します。そのまま何年も置かれていたなら、弦の下のフレットが痛んでいる可能性もあります。この場合は、張り替えというより「錆びたものを取り除く」意味があります。

もうひとつは、そもそも切れていて音が出せない場合。これは問い①の話に戻りますね。

逆に、替えないほうがいいケースもあります。査定額が数千円程度になりそうな個体で、弦代と作業の手間をかけると、割に合いません。弦の張り替えは慣れていないと30分から1時間かかりますし、慣れていない方がペグを扱うと、それはそれで別のトラブルのもとです。

どのくらい放置された弦なのか、目安も書いておきます。ヤマハの公式情報では、弦の交換頻度はエレキギターで月に1回程度、クラシックギターで3ヶ月に1度、少なくとも半年に1回とされています。押し入れで5年眠っていたギターの弦は、推奨頻度の数十倍の時間を経ていることになります。もう「古い弦」というより、別のものだと思ったほうがいいかもしれません。

押し入れは、ギターにとって過酷な場所です

弦の話より、本当はこちらのほうが査定に効きます。ここはあまり書かれていないので、少し丁寧にお話しさせてください。

ギターは木でできています。木は、湿度で膨らんだり縮んだりします。メーカー各社が公式に推奨している保管環境を並べると、こうなります。

メーカー推奨する湿度長期保管のときの弦
ヤマハ45〜55%糸巻を1回転させるくらい緩める
ヤイリギター40〜60%通常は緩めなくてよい。運搬時は1〜2周
Gibson Japan40〜50%(気温22度)やや緩める。ただし完全に外すのは避ける
タカミネ45〜55%(気温20〜24度)長期なら半音〜1音下げる

数字に多少の幅はありますが、おおむね40〜60%、各社が理想とするのは45〜55%あたりだと分かります。ヤマハの楽器解体全書「弾かない時にも要注意」には、「乾燥と高温多湿は厳禁」とはっきり書かれています。

さて、押し入れはどうでしょうか。梅雨時は湿気がこもり、冬は暖房で乾く。しかも扉を閉め切っているので、部屋よりも変化に気づきにくい。壁際や床に直接置いていれば、そこだけ結露していることもあります。メーカーが推奨する環境から、かなり外れやすい場所なのです。

湿度が起こすこと

弦が張られたギターには、常に力がかかっています。ヤイリギターの公式情報によれば、その張力は約75kg。大人ひとり分の重さが、ネックとボディを引っ張り続けている計算です。

この力が、湿度で柔らかくなった木にかかると、どうなるか。ネックが反ります。アコースティックギターなら、ブリッジのあたりが持ち上がってくることもあります。ヤマハの公式ページには、弦を張りっぱなしにしておくとブリッジが浮いて、「修理をしないと、弦を張ることもできません」という状態になると書かれています。

さらに、最近のギターは表板に単板を使ったものが多く、合板より割れやすいという性質があります。乾燥が進めば、木そのものにヒビが入ることもあります。保管については、ヤイリギターのお手入れページが国産メーカーの視点で丁寧に説明していますので、手元に残す楽器がある方はぜひ読んでみてください。

通気のなさが起こすこと

もうひとつ、押し入れ特有の問題があります。空気が動かないことです。

湿気がこもった状態で空気が動かないと、カビが生えます。ギターのカビは、ケースの内装、指板、ボディの内側、どこにでも出ます。開けた瞬間に独特のにおいがしたら、その可能性が高いです。

それから、古いケースでよくあるのが、内装のスポンジが劣化してベタベタに溶け、楽器の塗装に貼り付いてしまう事故。これは10年、20年単位で放置されたケースで起こります。ケースを開けたとき、楽器がスポンジにくっついているようなら、無理に引き剥がさないでください。塗装ごと持っていかれます。

まず確認したい5つのこと

押し入れから出したら、次の5点だけ見てみてください。

  • ネックが反っていないか(弦の側から覗くと歪みが見える)
  • ボディに割れや、ブリッジまわりの浮きがないか
  • ペグやブリッジなど金属パーツが錆びていないか
  • カビや、開けたときの異臭がないか
  • エレキならアンプにつないで音が出るか

ここで問題が見つかっても、慌てないでください。次にお話しするとおり、自分で直そうとしないことが何より大事です。それに、状態の最終的な判断は、専門店で実物を見てもらうのが前提です。ここに書いたのは、あくまでご自身の心づもりのための目安だと思ってください。

査定前に、やっていいこと

やっていいことは、実はとても少ないです。

乾拭き。それ以上はしません

柔らかい布、できれば楽器用のクロスで、ホコリを軽く拭き取る。これだけです。

力を入れてこすらないでください。長年のホコリの中には砂粒のような硬いものが混じっていて、それを押し付けながら拭くと、細かい傷が入ります。落ちにくい汚れがあっても、そこは触らずに残しておくほうが安全です。

付属品を、家じゅうから探し出す

これは効果が出やすく、しかもお金がかかりません。査定に出す前に、次のものを探してみてください。

  • ハードケース、ソフトケース(純正なら特に)
  • 保証書、取扱説明書、購入時の箱
  • トレモロアーム、調整用の六角レンチ
  • 交換して外した純正パーツ

最後の項目は、意外と見落とされます。昔ピックアップやペグを社外品に交換した楽器なら、外した純正パーツこそ探す価値があります。特に古い楽器では、元の部品が揃っていることが評価につながる場合があるからです。押し入れの小箱や工具箱の中に眠っていることが多いですよ。

なお、保証書については、記事によって「査定額に直結する」と書かれていたり「あまり影響しない」と書かれていたりします。実態としては楽器の種類やお店の方針によるようで、私も一律には言えないと思っています。あれば出す、なければ気にしすぎない。そのくらいの受け止め方でいいかと。

型番と製造年の手がかりを控えておく

ヘッドの裏やサウンドホールの中のラベル、ボディの刻印。そこに書かれた型番とシリアル番号を、写真に撮っておきましょう。複数のお店に相談するとき、この情報があるだけで話が早く進みます。

査定前に、やってはいけないこと

ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。

工房を取材していると、「お客さんが良かれと思ってやったせいで、価値が下がってしまった楽器」の話を必ず聞きます。しかも共通しているのが、元に戻せないという点。順に説明します。

研磨剤で磨く

車用のコンパウンドや金属磨きで、ボディやパーツをピカピカにしようとする。これがいちばん多い失敗です。

研磨剤は、表面を薄く削ることで汚れと一緒にツヤを出します。つまり、塗装も削れます。金属パーツのメッキはさらに薄いので、磨きすぎると下地の色が出てきて、金色のパーツが銀色になってしまうことがあります。削れたものは戻りません。

アルコール系のクリーナーや除菌シートで拭く

「消毒しておこう」という善意が、いちばん危険な形で出るパターンです。

ギターの塗装には大きく分けてラッカーとポリウレタンがあり、ラッカー塗装はアルコールで溶けます。表面が白く濁ったり、布の跡がそのまま残ったりします。しかも、ラッカーは古い楽器や高級機に使われていることが多い。つまり、価値のある楽器ほどこの事故が起きやすいのです。ご自身の楽器がどちらの塗装か分からないなら、水も薬剤も使わないのが正解です。

自分でネックを調整する

ネックが反っているのを見つけると、「トラスロッドを回せば直る」という情報にたどり着く方がいます。

やめておいてください。長年放置された楽器のロッドは、すでに限界近くまで締まっていることがあります。そこに力をかけると、ロッドが折れます。そうなると修理費は跳ね上がり、場合によっては直せません。反りは、プロが見て判断する領域です。

塗装の補修、ステッカー跡の剥離

傷をタッチアップ塗料で埋める、貼ってあったシールを剥がす。どちらも、やった跡のほうが目立ちます。現代の塗料は古い塗装と質感が合わないので、補修箇所が余計に浮いて見えるのです。シール跡も、無理に剥がすと塗装ごといくことがあります。そのままで結構です。

古い楽器のパーツ交換や塗り直し

年代物の楽器では、当時のままであることが価値の中心になります。ピックアップを新しいものに替えたり、傷んだ塗装を塗り直したりすると、演奏する道具としては良くなっても、楽器としての評価は下がります。

長くなりましたが、この章はひとことでまとめられます。迷ったら、何もしない。 弦を張って、ホコリを払って、付属品を揃える。それ以上は、プロに任せてください。

直してから売る?そのまま売る?

「ネックが反っているみたいだから、直してから売ったほうが高く売れるのでは」というご相談も、よくいただきます。

判断材料として、修理にいくらかかるのかを見てみましょう。ヤマハが公開している預かり修理の料金目安から、ギター関連を抜き出します。

修理内容料金の目安(アコースティックギター)
ネック調整5,000〜8,000円
ナット交換8,000〜20,000円
フレットすり合わせ8,000〜20,000円
フレット交換40,000円〜
ペグ交換(穴加工なし)10,000円〜
ネック折れ・ヒビの修正30,000〜80,000円

この数字を見て、どう思われたでしょうか。

押し入れで眠っていた入門用のギターの場合、フレット交換に4万円かけて、査定額がそれ以上に上がることは、まず期待できません。ネック折れの修理に至っては、修理費が楽器そのものの価値を大きく超えてしまうケースがほとんどです。

ですから、私の考えはこうです。修理はせず、現状のまま査定に出すほうが、多くの場合は合理的です。プロは、傷んだ状態から修理費を差し引いて値段をつけます。私たちが自腹で修理して、その分きれいに上乗せされるとは限りません。

例外は、元値が高く、いま需要のある楽器の場合。この判断は素人には難しいので、修理を考えるくらいなら、先に査定に出して「直したら値段は変わりますか」と聞いてみるほうが早いです。

そしてもうひとつ。売却前提でお話ししてきましたが、直して自分でまた弾くという道もあります。ネック調整の5,000円で、また鳴るようになるかもしれない。押し入れのギターを出してきた方の何割かは、本当は少し弾きたいのだと思っています。その気持ちがあるなら、まず工房で見積もりを取ってみてください。見積もりだけなら、相談に乗ってくれるお店は多いです。

中古のギターは、思っているより求められています

最後に、少し明るい話を。

環境省が2025年6月に公表したリユース市場規模調査によると、中古楽器の市場規模は1,011億円。前回調査(2021年の消費実態)の821億円から、23.1%も伸びています。楽器は、調査対象21品目のなかでも上位の規模を持つジャンルです。

この調査で私が興味深かったのは、中古で買われた楽器のうち「未使用品・新古品」の割合が21.8%にとどまっていた点です。つまり、中古楽器の市場で主役になっているのは、誰かが実際に弾いていた楽器なのです。押し入れのギターが「使用感があるから売れないのでは」と心配される方は多いのですが、この市場ではそれが普通のことです。

そして購入者の世代を見ると、10代・20代が41%を占めています。楽器店の売上も3期連続で伸びていて、ギターを買う人が減っている市場ではありません。あなたのギターを次に弾くのは、いま軽音部に入ったばかりの高校生かもしれない、ということです。

ひとつだけ、お願いがあります。楽器の分かる相手に見てもらってください。

総合的なリサイクル店と楽器を専門に扱うお店では、査定の考え方が違います。楽器店は、実際に音を鳴らし、ネックの状態を確かめ、そのモデルにいまどのくらい需要があるかを知ったうえで値段をつけます。一方、楽器を専門に扱わないお店では、細かい違いが値段に反映されにくいことがあります。同じギターでも結果が変わってくるのは、そのためです。

複数のお店に相談してみるのがいちばん確実ですが、まずは楽器の買取を専門に扱っているところへ、写真を送って相談するところから始めてみてください。それだけでも、押し入れの中身が「粗大ごみ候補」から「まだ弾ける楽器」に変わります。

まとめ

押し入れのギターを手放す前に知っておきたいことを、お話ししてきました。

  • 弦は「張り替える」より「張ってある」ことが大事。音が出せないと状態を確認してもらえない
  • 古い弦の交換は、錆びて黒ずんでいる場合を除けば、無理にしなくてよい
  • 押し入れは湿度が動きやすく通気もない。反り、割れ、カビ、金属の錆が起きやすい場所
  • やっていいのは乾拭きと付属品集めまで。研磨剤、アルコール、自分でのネック調整はどれも取り返しがつかない
  • 修理費は査定額を上回りがち。多くの場合、現状のまま出すほうが合理的
  • 中古楽器の市場は3年で23%成長し、購入者の4割は10〜20代

音楽教室にいた頃、辞めていく生徒さんに「楽器、どうしましょう」と聞かれるたび、私はいつも少し困っていました。手放したほうがいいと思っても、その子が何年も抱えてきた楽器だと知っているので、簡単には言えなくて。

でも、教室の統廃合で大量の楽器が処分されそうになったとき、必死に引き取り手を探して回った経験が、私の考えを変えました。次の弾き手に渡った楽器は、いまも別の場所で鳴っています。処分されていたら、その音は消えていました。

押し入れで眠っているギターにとって、いちばん寂しいのは手放されることではないと思うのです。誰にも弾かれないまま、静かに壊れていくこと。それを止められるのは、扉を開けた人だけです。

弦を張って、ホコリを払って。あとは、楽器の分かる誰かに見てもらいましょう。あなたのギターのセカンドステージは、そこから始まります。