「先生、うちには祖母が買ってくれたアップライトと、子どもが練習に使っていた電子ピアノがあるんです。売るなら、新しい電子ピアノのほうですよね」。音楽教室の講師をしていたころ、ある保護者の方からこう聞かれたことがあります。どちらも鍵盤が88あって、どちらも「ピアノ」と呼ばれているのですから、新しいほうが高く売れると考えるのは自然なことです。
こんにちは、音羽かなでです。音楽教室でピアノ講師を12年しておりました。あのご家庭の査定は、お母さまの予想とは逆の結果になりました。祖母の代のアップライトにはきちんと値段がつき、電子ピアノのほうは思っていたような評価にならなかったのです。
同じ「ピアノ」でも、買取の現場では2つはまったく別の物差しで測られます。アコースティックピアノは木と鉄とフェルトでできた楽器として、電子ピアノは鍵盤のついた電子機器として見られるからです。置き続けるのにかかる調律代や処分の難しさは、以前の記事「子どもが辞めたピアノ、置き続けるコストと手放す選択肢」で書きました。今回は、売るときに2種類のピアノがどう違って扱われるのかを、メーカーが公開している情報をもとにお話しします。読み終えるころには、お手元の一台を査定に出す前に何を確かめておけばいいのか、見当がつくはずです。
目次
査定の物差しは、ここまで違います
まずは全体像を表で並べてみます。
| アコースティックピアノ | 電子ピアノ | |
|---|---|---|
| 中身 | 木材、鉄のフレーム、弦、フェルト | 電子回路、音源、スピーカー |
| 年齢を知る手がかり | 型番と製造番号 | 型番と、その機種の製造が終わった年 |
| 古くなったとき | 弦やハンマーを替えて再生できる | 補修用の部品がなくなると直せない |
| 重さ(ヤマハの例) | アップライトで194〜273kg | 据え置き型で45〜90kg、ポータブル型で11kg台 |
| 値がつかなかったとき | 多くの自治体で収集してもらえない | 粗大ごみに出せる自治体もある |
アコースティックピアノの値段を左右するのは「いつ作られた、どのメーカーのどの型か」と「手を入れればまた弾けるか」です。電子ピアノでは、これが「その機種の部品が、メーカーにあと何年残っているか」に置き換わります。順に見ていきましょう。
アコースティックピアノは「製造番号」と「直せるかどうか」で見られます
製造番号から、ピアノの年齢が分かります
アコースティックピアノの査定で最初に聞かれるのは、メーカー名と型番、そして製造番号です。カワイの公式FAQでは、グランドピアノなら大屋根を開けて譜面台を外したところ、アップライトなら屋根を開けて見えるフレームに型番と製番が書かれていると案内していて、年式を知りたいときはその番号を控えて直営店か問い合わせ窓口に相談するよう書かれています。番号さえ控えてあれば、電話やメールの段階でおおよその金額を教えてくれる買取先もあります。
年式がなぜそれほど大事なのかは、メーカー自身の説明を読むとよく分かります。カワイの公式FAQには、同社のアコースティックピアノの査定は「製造後の年数に応じた査定基準価格」をもとにしていること、製造年数が古いピアノや壊れているピアノは査定額がつかず、有料の廃棄処分になる可能性があることが書かれています。製造番号は、ピアノの値段を測る最初の物差しなのです。
古くても、部品を替えれば再生できる楽器です
それでもアコースティックピアノには、電子ピアノにはない強みがあります。古くなっても、部品を替えて新品に近い状態へ戻せることです。
カワイのピアノオーバーホールのページを見ると、アップライトの場合、外装を磨くプランが136,400円から、ハンマーヘッドの交換や調律・整調・整音まで含むプランが403,700円から、弦の一式交換まで行うプランが691,900円からとなっています(いずれも税込の基本料金で、工場までの運送料は別)。作業期間は2ヶ月ほどで、メーカー・型式・年数・状態を問わず受け付けると書かれています。
カワイは公式FAQで、ピアノの寿命は一般的に数十年とされていて、弾く頻度や置き場所、手入れによって変わると答えています。長く調律していないピアノについても、適切な処置や修理、調整をすれば使えるという回答です。買い取る側から見れば、古いピアノも「手を入れれば、また次の家で鳴る楽器」になりうるわけです。
ただ、売る前にご自身でオーバーホールを頼む必要はありません。数十万円の修理代が、そのまま買取額に上乗せされて戻ってくるとは考えにくいからです。リペア工房の取材でも、再生は買い取った側が自分たちの工房でまとめて行うものだと聞いてきました。売る側が用意しておきたいのは、最後に調律した時期と、鳴らない鍵盤や気になる雑音のメモくらいです。
電子ピアノは「部品があと何年あるか」で見られます
電子ピアノは、電子回路で音を作り、スピーカーで鳴らす楽器です。弦が切れたら張り替えればいいアコースティックとは違い、基板や鍵盤のセンサーが壊れたときは、その機種に合った部品と交換して直すのが基本です。そこで効いてくるのが、メーカーが補修用の部品を何年持っているかという期間です。
補修用部品の保有期間は、製造が終わった日から数えます
カワイは電子楽器の修理依頼についての案内で、補修用性能部品の保有期間を「製造打切後5ヶ年間」としています。ローランドは機種別経過年数&修理対応期間一覧を公開していて、製造完了から6年で預かり修理の受付が、8年で出張修理の受付が終わると定めています。一覧で電子ピアノの欄を見ると、性能部品の保有期間は多くの機種が8年で、一部に6年の機種がありました。
見落としやすいのは、数え始めが「買った日」ではなく「その機種の製造が終わった日」だという点です。ローランドの一覧で例を挙げると、2014年に発売されたRP401Rは2016年に製造を終えていて、修理受付はすでに終了しています。一方、2015年に発売されたF-140Rは2020年まで作られていました。もし2016年にこの2台のどちらかを買っていたら、8年の保有期間が切れる時期は、単純に計算して4年もずれることになります。
修理そのものにも費用がかかります。カワイの料金の目安では、30万円以下の電子ピアノの通常修理で技術料がおおよそ10,000〜17,000円、基板交換の部品代がおおよそ5,000〜15,000円、出張料が拠点から20kmまで5,000円(いずれも税抜)です。3つを単純に足すと、2万円から3万7千円ほどになります。買い取った電子ピアノを次の人に売るお店は、「壊れたときに直せるか」「直すといくらかかるか」を見込んで値段を考えます。部品の残り時間が短い機種ほど慎重に見られるのは、そのためです。
電子機器ならではの話が、もう一つあります。ヤマハは2025年6月、電子ピアノCLP-430などの一部の製品について、電源部に使われているアダプターの不具合で発煙に至るおそれがあるとして、無償点検・部品交換を案内しました。古い電子ピアノを手放す前には、メーカーのお知らせも一度のぞいておくと安心です。
自分の電子ピアノは、こうして調べられます
電子ピアノの「残り時間」は、査定に出す前にご自身で見当をつけられます。
- 本体の表示や保証書で、メーカー名と型番、製造番号を確かめる
- メーカーのサイトで、その型番の発売年と製造終了の時期を調べる
- 保証書や取扱説明書で、補修用部品の保有期間を確かめる
- メーカーの「重要なお知らせ」に、自分の機種が載っていないか見る
- すべての鍵盤とペダル、ヘッドホン端子がきちんと動くか試す
ローランドは、性能部品の保有期間を製品の保証書に記載していると説明しています。調べても分からなければ、型番を伝えてメーカーの窓口に聞いてしまうのが早道です。取扱説明書や保証書、電源のアダプター、専用の椅子が残っていれば、それも一緒に出しましょう。型番や購入時期の確認が早く済みますし、次の持ち主もすぐに弾き始められます。
調べてみて保有期間の終わりが近いと分かったら、迷っている時間がそのまま値段に響いてきます。アコースティックピアノは手を入れれば戻せる楽器なので、調律の状態を見ながら考える余裕がありますが、電子ピアノは待っていても部品の期限が延びることはありません。2台とも手放すかどうか決めかねているなら、電子ピアノのほうから先に査定を受けてみるのが私のおすすめです。
運び出しの重さも、査定の内訳に入っています
ピアノを手放す日にいちばん大がかりになるのが、運び出しです。ヤマハの公式仕様で比べると、アップライトピアノはb113の194kgからSU7の273kgまであり、グランドピアノのCXシリーズになると290〜415kgです。電子ピアノは据え置き型のクラビノーバCLP-800シリーズで45〜87kg(艶出し仕上げのCLP-885は90kg)、ポータブル型のP-145なら11.1kgです。
200kg前後もあるアップライトは、ピアノ運送に慣れた専門の業者でなければ動かせません。そのためアコースティックピアノの買取では、型番や製造番号と一緒に、置いてある階数や階段・エレベーターの有無、搬出の経路を聞かれます。運び出しの手間と費用は、買取額の計算に最初から入っています。
教室の統廃合で楽器の行き先を探していたとき、電子ピアノは職員が数人がかりで車に積めましたが、アップライトは専門の運送屋さんの到着を待つしかありませんでした。電子ピアノは軽いぶん、引き取る側の負担も小さくて済みます。それでも据え置き型は数十kgあるので、2階から下ろすなら人手の段取りは考えておいてください。
値がつかなかったとき、行き先も違います
査定の結果、値段がつかないこともあります。そのとき、2種類のピアノの行き先ははっきり分かれます。
大阪府豊中市のごみと再生資源の分け方・出し方(50音順)では、電子ピアノは粗大ごみとして手数料2,700円で出せる一方、ピアノは「市では収集できません」とされています。和歌山市が出している令和7年度版のごみの分け方の冊子でも、ピアノはドラム缶や耐火金庫と並んで「市で処理・収集できないもの」に挙げられています。扱いは自治体によって違うので、お住まいの市区町村の分別表で確かめてください。アコースティックピアノを自治体が収集しない事情は、前の記事でも詳しく触れています。
電子ピアノには、値がつかなくても粗大ごみという出口があります。査定の金額と、粗大ごみの手数料や運び出しの手間を比べて、どちらが気持ちよく手放せるかで決めて構いません。アコースティックピアノにはその出口がなく、廃棄するなら費用を払って引き取ってもらうことになります。だからアコースティックの場合は、金額がつかなくても「無料で引き取ってもらえる」というだけで、手放す側にとって十分に意味のある結果です。
まとめ
電子ピアノとアコースティックピアノが、買取の現場でどう違って見られるかをお話ししてきました。
- アコースティックは木と鉄の楽器として、電子ピアノは鍵盤のついた電子機器として査定される
- アコースティックは型番と製造番号で年式を見られる。番号はフレームに書かれている
- 古いアコースティックも、弦やハンマーを替えれば再生できる。売る前の大きな修理はしなくていい
- 電子ピアノの補修用部品の保有期間は、カワイが製造打切後5年、ローランドは多くの電子ピアノで8年
- 数え始めは買った日ではなく、その機種の製造が終わった日
- ヤマハのアップライトは194〜273kgあり、搬出の条件が査定に入る
- 値がつかないとき、電子ピアノは粗大ごみに出せる自治体があり、アコースティックは多くの自治体で収集されない
冒頭のご家庭とは、そのあと電子ピアノの型番を一緒に調べました。製造が終わる間際に買ったモデルで、部品の期限が思っていたより近かったのです。お母さまは「数え始める日が違ったんですね」と笑っていらっしゃいました。
今日できることを一つだけお伝えします。アップライトなら屋根を開けてフレームの製造番号を、電子ピアノなら本体の型番を、スマートフォンで撮っておいてください。その一枚があれば、メーカーに年式を聞くのも、部品の期限を調べるのも、ピアノの扱いに慣れたお店に査定を頼むのも、すぐに始められます。

