「冬になると、なぜかギターの弦がビビるんです」「バイオリンのペグが、調弦してもすぐ戻ってしまって」。季節の変わり目になると、こうした声をよく耳にします。楽器が急に機嫌を損ねたように見えるので、壊れたのではと心配される方も少なくありません。
こんにちは、音羽かなでです。音楽教室でピアノ講師を12年しておりました。教室にいたころ、冬の朝いちばんの仕事は、レッスン室の湿度計を見て加湿器に水を足すことでした。ピアノのために始めた習慣でしたが、リペア工房の取材を重ねるうちに、ギターやバイオリンはもっと湿度に正直な楽器なのだと教わりました。
10月は夏の湿気がようやく抜けて、ほっとする時期です。けれど楽器にとっては、ここからが一年でいちばん気を配りたい季節の入り口になります。この記事では、季節ごとの湿度の波にどう合わせるか、ギターとバイオリンで傷み方がどう違うか、そして湿度計の置き方や加湿・除湿のやりすぎについて、工房で教わったことも交えてお話しします。
目次
湿度は一年で、思っている以上に波打っています
気象庁が公表している東京の平年値(1991〜2020年の平均)を見ると、月ごとの平均相対湿度は7月の76%がもっとも高く、1月の51%がもっとも低くなっています。6月から9月までは75%前後が続き、10月の71%から12月の56%まで、秋から冬にかけて坂を下るように乾いていきます。
数字だけ見ると、1月の51%は楽器にちょうどいい値に思えるかもしれません。ところが、ここに落とし穴があります。
冬の「外は51%」に安心できない理由
相対湿度は、その温度の空気が抱えられる水分のうち何割を含んでいるかを表す数字なので、空気を暖めるだけで下がります。同じ平年値の表で空気中の水分量にあたる蒸気圧を見ると、1月は4.5hPa、7月は25.1hPaで、冬の空気が含む水分は夏の5分の1にも届きません。1月の外気を、水分を足さないまま20℃まで暖めたとすると、計算上の相対湿度は約19%です。実際の部屋には呼気や炊事の湯気が加わるのでそこまでは下がりませんが、暖房の効いた部屋が楽器にとって砂漠に近づいていくことは、この数字から想像がつくはずです。
アメリカのギターメーカー、テイラー・ギターズも技術資料Symptoms of a Dry Guitar(英語)のなかで、アメリカの多くの地域では、冬の低湿度はおもに室内の暖房がもたらすものだと書いています。同じ資料には、湿度47%の部屋で約40.6cm幅に切った表板用のスプルース材が、湿度30%の部屋では約2.5mm縮み、60%では約1.5mm膨らむという例も載っています。表板に使う板が、湿度だけでこれだけ動くのです。
ギターとバイオリンでは、傷みの出る場所が違います
同じ木の弦楽器でも、湿度の影響がどこに出るかはずいぶん違います。まず全体を表にしてみます。
| 比べるところ | ギター | バイオリン |
|---|---|---|
| メーカーが示す目安 | 45〜55%(テイラー) | 50%が最適(ヤマハ) |
| 乾燥で起きやすいこと | 表板の沈み、ネックの反り、フレットの端の飛び出し、割れ | 指板のはがれ、ペグの緩み、弓の毛の縮み |
| 多湿で起きやすいこと | 板の膨らみ、加湿しすぎによる傷み | 魂柱が倒れる、ペグが回りにくい、弓の毛の伸び |
| 自分で手を出さないこと | トラスロッドを回す、フレットを削る | ペグ穴の加工、魂柱を立て直す |
ギターは、ネックと指板に出ます
テイラーの資料は、ギターを45〜55%の範囲に保たないと割れの危険があるとしたうえで、乾燥したギターに起きることを順に挙げています。表板のふくらみが沈んでブリッジも下がり、ネックは前に反り、指板の幅が縮んでフレットの端がネックの縁から飛び出してくる。その結果、弦が低くなって高い音域でビビるようになり、ネックが悪いように見えても、原因は乾いたボディのほうにあるというのです。冬にビビりが出たら、弦高をいじる前に、まず湿度計を見てください。
メーカーごとの推奨湿度は、以前の記事押し入れのギター、弦を張り替えれば売れる?査定前メンテの基本で表にまとめましたので、あわせて読んでみてください。エレキギターも、ネックと指板が木でできていることは同じです。冬にネックを握る手がフレットの端に引っかかるようになったら、同じ理屈を疑ってみてください。
バイオリンは、駒と魂柱とペグに出ます
ヤマハの楽器解体全書バイオリンのお手入れ:日常のお手入れは、バイオリンには湿度50%が最適だとしています。湿度の高い状態が続くと表板や裏板が膨らんでボディの厚みが変わり、表板と裏板の間に立っている魂柱が倒れることがあり、逆に乾燥が続くと指板が外れる場合もあるそうです。エアコンの風があたっただけで、しばらくするとパキパキ音がすることがあるほど繊細な楽器だとも書かれていて、急な変化をとても嫌うことが分かります。
季節の症状がいちばんはっきり出るのはペグです。同じくヤマハのバイオリンのお手入れ:必要に応じておこなうメンテナンスによれば、乾燥が激しい時期は木が縮んでペグが緩んで止まらなくなり、梅雨時は木が膨らんで回りにくくなります。弓の毛も、冬は縮んでネジを緩めても緩みきらず、夏は伸びて張り切れないことがあるといいます。冬にペグが戻るなら、まず乾燥を疑ってよいわけです。
もうひとつ、ギターの感覚で手を出さないでほしいことがあります。ギターは長く弾かないときに弦を少し緩めるよう案内しているメーカーが多いのですが、バイオリンの駒は弦の力で表板に押し付けているだけで、魂柱も板の間に挟まっているだけの部品です。弦の張りを大きく変えれば駒が傾くもとになり、倒れた魂柱は自分では立て直せないので、しまい方に迷ったら弦楽器を扱う専門店に相談してください。
10月から始める、季節ごとの合わせ方
湿度の波は毎年ほぼ同じ形でやってくるので、先回りして手を打てます。東京の平年値に、楽器に起きやすいことを重ねるとこうなります。
| 時期 | 東京の平均相対湿度 | 楽器に起きやすいこと | この時期にやること |
|---|---|---|---|
| 10〜11月 | 71%→64% | 夏の対策が残ったまま乾燥期に入る | 除湿剤を外す、湿度計を置く |
| 12〜2月 | 56%→51%→52% | 暖房で室内が乾く。ビビり、ペグの緩み、割れ | 弾いたらケースへ、加湿は少しずつ |
| 3〜5月 | 57%→62%→68% | 冬の加湿を続けると湿りすぎる | 加湿をやめる時期を見極める |
| 6〜9月 | 74〜76% | ペグが固い、魂柱が倒れる | 除湿に切り替え、エアコンの風を当てない |
10〜11月は、夏の対策を片づける時期です
衣替えのついでに、ケースの中も衣替えをしてください。ヤマハは調湿グッズを、除湿専用のものと、湿気と乾燥の両方を防ぐものの2タイプに分け、除湿専用は梅雨時など湿度が高い時だけ使うものだと説明しています。夏に入れた除湿剤を冬まで入れっぱなしにすると、乾く季節にさらに水分を奪うことになるので、ここで取り出すか、両方に働くタイプに替えておきましょう。湿度計を置くなら今です。暖房を入れる前の数字を知っておけば、冬にどれだけ下がったかを比べられます。
12〜2月は、ケースの中を楽器の居場所にします
テイラーの資料は、ケースにしまうだけで低湿度の影響を遅らせられるとしていますし、ヤマハもバイオリンは弾いて拭いたらすぐケースにしまう癖をつけるよう勧めています。暖房の効いたリビングのスタンドに立てたままにするのは、冬のあいだだけでも避けたいところです。部屋の加湿器を使う場合も、吹き出す蒸気が楽器に直接当たらない位置に置いてください。
3月から梅雨は、加湿をやめる時期を逃さないこと
東京の平均相対湿度は3月の57%から5月の68%まで、ひと月に5〜6ポイントずつ上がっていきます。冬と同じ調子で加湿を続けていると、気づかないうちに湿りすぎの側へ振れてしまうので、ケースの湿度計が55%を超える日が続いたら加湿をやめる合図です。梅雨に入ったら除湿に切り替え、バイオリンのペグが固くなってきたら、木が水分を吸い始めたしるしだと受け止めてください。
湿度計の置き方と、やりすぎの見分け方
湿度計は「楽器のいる場所」に置きます
ヤマハもテイラーも、湿度計はケースの中に入れることを勧めています。部屋の真ん中で測った数字と、楽器が実際に過ごしている場所の数字は違うからです。置き方の目安をまとめます。
- ケースで保管するなら、ケースの中に小さな湿度計を1つ入れる
- 部屋で測るなら、楽器と同じ高さに置く
- 加湿器の吹き出し口、窓際、エアコンの風が当たる場所は避ける
- 朝と夜、なるべく同じ時刻に見てメモを残す
- 1台の数字を絶対視せず、上がっているか下がっているかの向きを見る
教室でも、加湿器のすぐそばに置いた湿度計だけが妙に高い数字を出していて、ピアノのそばでは乾いていた、ということがありました。測る場所を楽器に寄せるだけで、見える景色は変わります。
加湿も除湿も、やりすぎると傷みます
乾燥が怖いあまり、ケースに加湿グッズをいくつも詰め込む方がいますが、テイラーの資料は、ギターは加湿しすぎることもあり得ると注意しています。乾いて沈んだ表板が戻り始めたら慎重に進め、毎日確認するようにとも書かれています。同じ資料では、加湿器をケースに入れて4日間で、ギターが25gの水分を吸った例も紹介されています。楽器は思っているより早く水を吸うので、効き目が出るまで放っておくのではなく、毎日数字を見て加減するのが正しい付き合い方です。
ヤマハのバイオリンのページにも、やりすぎを戒める一文があります。冬場にペグが緩いからといってペグ穴やペグそのものを加工すると、今度は夏場に問題が大きくなる可能性がある、というものです。季節で行ったり来たりする症状を、一年じゅう残る処置で直してはいけない。湿度管理の考え方は、この一文に詰まっている気がします。
迷ったときの物差しとして、私が気に入っているのもヤマハの言葉です。保管に適した場所の目安は、自分自身がその場にいて風邪を引いたり不快になったりしない環境だと書かれています。喉が渇く部屋も、じっとり汗ばむ部屋も、楽器にとって居心地のよい場所ではありません。
湿度の傷は、手放すときの査定まで残ります
湿度管理は、楽器を手元で鳴らし続けるためだけのものではありません。テイラーの資料には、加湿でボディの形は戻っても、ネックへの効き目は小さく、適正な湿度に戻したあともフレットの端が尖ったまま残ってやすりがけが必要になる場合がある、と書かれています。乾燥で一度ついた傷みは、季節が戻っても全部は元に戻らないということです。
いつか手放す日が来たとき、査定ではこうした跡がそのまま見られます。フレットの端の処理、表板の割れ、バイオリンなら指板のはがれや倒れた魂柱。どれも専門の職人の作業になるので、その整備の手間を見込んだ金額になります。逆に言えば、季節ごとに湿度を見てきた楽器は、次の弾き手に渡すときにも、湿度による整備が少なくて済む一台になります。
弦楽器の工房を取材したとき、職人さんが「冬に削ったペグは、夏にもう一度ここへ戻ってくるんです」と苦笑いしていたのを覚えています。良かれと思った手入れが、楽器の値打ちを削ってしまう例です。状態に気になるところがあっても、自分で直さずに、ギターなら楽器店のリペア窓口、バイオリンなら弦楽器の専門店で実物を見てもらってください。最終的な見立ては、楽器を手に取ったプロにしかできません。
まとめ
ギターとバイオリンの湿度管理を、季節の波に沿ってお話ししてきました。
- 東京の平均相対湿度は7月76%、1月51%。冬の空気が含む水分は夏の5分の1にも届かない
- 暖房の効いた部屋は、外の数字よりずっと乾く
- メーカーの目安は、ギターが45〜55%、バイオリンが50%
- ギターはネックと指板、バイオリンは駒・魂柱・ペグに傷みが出やすい
- 10月は夏の除湿剤を外し、湿度計を置く時期
- 加湿も除湿も、やりすぎれば傷む。毎日数字を見て加減する
- 乾燥で出たフレットの端の傷みは、湿度を戻しても残ることがある
教室の湿度計を毎朝のぞいていたころは、ただの習慣だと思っていました。いまになって、あれは楽器と季節のあいだに立つ仕事だったのだと分かります。
今週末、湿度計をひとつ用意して、ケースの中に入れてみてください。暖房を入れる前の数字を1週間ほど控えておけば、12月にどれだけ下がったかが一目で分かります。ビビりやペグの緩みを「季節のせいかもしれない」と見分けられるようになると、冬の楽器とはぐっと付き合いやすくなりますよ。




